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<多様な声は、今>(下)「18歳選挙権」から3年 模索続く主権者教育

ワークショップで主権者教育について意見を交わす華井さん(左)ら=東京都内で

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 「この新聞記事を読みながら、どの候補が一番良いか話し合ってください」

 二月末のある夜。県立いずみ高校(さいたま市中央区)公民科教諭の華井裕隆さん(44)が声を掛け、この日の「授業」が始まった。

 場所は、高校とは異なる東京都内の大学施設の一室。集まったのも高校生ではなく、自主的に集まった関東地方各地の公民科教諭ら。市民団体「けんみん会議」(事務局・行田市)が昨年から定期的に開いている教員向けの主権者教育のワークショップだ。

 この日のテーマは、二〇一七年五月にあったさいたま市長選。争点や三人の候補者の主張をまとめた新聞の連載記事を読み、投票したい人を考え、意見を交わす。

 「自分は現職の意見に共感する」「でも、この事業は本当に採算が取れるのかな」

 題材は、華井さんが過去に実際の授業で扱ったものだ。教員たちが生徒役に徹していたのは序盤だけ。議論は次第に、教員目線での内容に移っていった。

 「この資料だけじゃ分からない部分も多く、調べているうちに時間が過ぎてしまう」「ほとんどの有権者はこのレベルの資料も見ないで判断するから、これくらいがリアルでしょ」「自分はニュース映像も使うけど先生は使いますか?」

 途中からは華井さんも教師役を離れて議論の中へ。「教材はもっとかみ砕かないといけなかった。候補者がどんな人かなど、政策以外の情報を含めることも考えないといけませんね」。ワークショップを終え、充実した表情で振り返った。

 「けんみん会議」は「政治と教育をつなぐ」をテーマに一七年に結成された。主権者教育に長年取り組んできた華井さんのほか、教員以外の立場で政治教育に関わる市民団体や研究者らがメンバー。地方選挙の争点まとめなど、補助教材の作成や公開もしている。

 背景には、結成前年の選挙権年齢の引き下げがある。十八歳以上なら高校生でも投票できるようになり、主権者教育が注目を集めるようになった。一方、現場の教員たちは手探りの状況が続いていた。

 参加者の一人で主権者教育に熱心な都立高島高校の大畑方人(まさと)教諭(42)は「公民科の教諭は学校に一人か二人しかいないことが多く、校内で授業に関する深い議論はあまりできない」と指摘。この日のワークショップのように、他の教諭の取り組みを知ることができる場の意義は大きいという。

 管理職や教育委員会が注視する「政治的中立性」の難しさもある。「勉強していない教員にはハードルが高い」と大畑さん。華井さんも「悩んでいる教員は多い」と話し、工夫し合っていく必要性を指摘する。

 ただ、教員が研究を重ねても、若者の投票率にどこまで反映されているかは疑問だ。

 さいたま市内の十八歳では、選挙権年齢引き下げ後の最初の選挙だった一六年七月の参院選こそ60・24%(全年代投票率53・58%)と六割を超えた。しかし、一七年十月の衆院選では50・29%(同52・60%)に下がり、十九歳の投票率は39・97%とさらに低かった。十八歳の時に投票した人でも、翌年には投票しなくなった傾向が見て取れる。

 埼玉大社会調査研究センター長の松本正生(まさお)教授(政治意識論)は「このままでは十八歳での選挙が『一回体験したら終わり』の通過儀礼になってしまう」と現状を危惧する。「投票する若者は親と一緒に行くことが多く、親の投票先に影響を受けやすい」とも。国政選より情報が少なくなりがちな地方選では、自分で投票先を考えるのはさらに難しくなる。

 「けんみん会議」のメンバーで埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク事務局の原口和徳さん(36)は「主権者教育をブームでなく、持続可能なものにしたい」と話す。本当の効果が分かるのは十年、二十年先の話。教員らの模索は、まだ始まったばかりだ。

 

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