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争点の現場から(中) 山間部の交通 高齢者支える赤字バス

奥秩父の中津川集落を走行する路線バス。自家用車のない住民にとって貴重な交通手段だ=秩父市で

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 荒川源流のV字の傾斜地に、古びた民家が軒を連ねる。秩父市の中心市街地の西約三十キロにある奥秩父・中津川集落。世帯数はわずか二十ほど。深い山が周囲に切り立ち、食料品や日用品を扱う商店は限られている。自家用車を持たないお年寄りにとっては「西武観光バス」(所沢市)の路線バスがほぼ唯一の交通手段だ。

 主婦関口きえ子さん(83)は月一、二回、市街地に買い物に出掛ける。バスの運行は毎日片道四便だが「朝と晩に二便増やしてもらえればありがたい」と話す。

 買い物の日のスケジュールはこうだ。午前八時二十分ごろ、最寄りの停留所からバスに乗り、約一時間かけて「三峰口駅」へ。秩父鉄道に乗り換えて秩父駅で下車し、薬局や美容院などをはしごする。帰りの秩父駅発は午後一時半ごろ。それを逃すと、同二時四十分に三峰口駅を発車する最終バスに間に合わない。

 実質的な滞在時間は三時間ほど。歩行に難があるため、市街地ではタクシーで駆け回る。それでも「二件の用事を済ませるだけで手いっぱい。本当は市内の娘の家に顔を出したいんだけど」と残念がる。夫(85)が両足を患って自家用車の運転をやめてからほぼ十年、この生活が続く。「わたしらの身に何かあった時? そりゃ救急車だいね」

 秩父地域で運行されている路線バスは約二十路線。西武秩父駅や皆野駅、小鹿野町役場などを起点に、中津川など人口が少ない山間部に延びている。秩父市や小鹿野町などによるごく一部の公営路線を除き、ほとんどを西武観光バスが担っている。

 同社によると、黒字は観光客が多い「三峯神社線」(西武秩父駅−三峯神社ほか)のみ。一便あたりの乗客が平均一人しかいない路線もある。「中津川線」(三峰口駅−中津川ほか)を含む八路線については、県や市町などから年間約一億一千万円の補助を受けて「何とか維持している状況」(担当者)だ。

 山間部や離島などを中心に、全国各地で人口減少が進む現在。公共交通機関が乏しく、自ら車を運転せざるを得ない高齢者の交通事故も増えてきた。地域の交通手段を確保しようと、さまざまな取り組みが始まってはいる。

 一般のドライバーが自家用車を使って有償で客を運ぶ「ライドシェア」や、人工知能(AI)を活用した「自動運転技術」などがその例だ。

 ただ、自動運転技術の実現性はまだ不透明だ。ライドシェアは従来違法とされた「白タク行為」に当たるとの指摘がある。安全確保や車両整備、労務管理の点からも問題があるとの声が出ていて、どこまで実用化されるかは見通せない。

 秩父市の路線バスの運行を所管する同市市民生活課の担当者は「当面、現状の路線を維持するので精いっぱいだ。それでも、地域住民の声に耳を傾けながら、新しい公共交通を考えなければならない」と話している。 (出来田敬司)

 

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