御嶽山噴火 その時

2014年10月27日朝刊18-19面

 火山灰が辺り一面を覆い、頭上から噴石がたたきつける。突如、噴火の猛威にさらされた登山者はその瞬間、何を考え、どう行動したのか。57人が死亡し、6人が行方不明となっている御嶽山噴火の発生から27日で1カ月。戦後最悪の火山災害の全容を振り返りつつ、生還者たちの証言から生死を分けた場面をたどる。

八丁ダルミ

生き残ったのは偶然

長野県松本市・鈴木康夫さん(57)

 肩甲骨にひびが入り、頭を守っていた右手は親指のけんが切れ、左手甲にはやけど。やはり生き残ったのは偶然だろう。

 自然保護団体の仲間5人と、八丁ダルミから頂上へ行く途中、みんなが目を向ける左方面を何げなく見た。音もせず、一気に上がる灰色の噴煙。四方に散らばるようなその形から、噴石も飛んでいるのに気付いた。平地が広がる八丁ダルミの中、近くにあった直径1メートルほどの岩へ向かい、噴煙と反対側の岩陰に体を密着させ、右手で頭を抱えながらうずくまった。数秒後、灰や石が降り注ぎ、熱風が押し寄せた。その後の記憶はなく、気付くと翌朝、王滝頂上山荘で寝ていた。

 他に助かった仲間2人によると、20センチほど積もった火山灰に埋まり、ザックだけが外に出ていたのを仲間が発見。掘り起こされ、自力で王滝頂上山荘へたどり着いたという。岩陰に隠れたのは一人だけ。亡くなった3人は、灰の中で動かなくなっていた。

 登山歴は40年。落石などがあれば伏せろという基本動作が頭にあった。ただ、今回、そのおかげで助かったかどうかは分からない。

助けを求める声が耳を離れなくて

長野県松本市・垣外富士男さん(63)

 八丁ダルミにあるまごころの塔を越えた辺り。山頂へ向かう途中、大きな煙の塊が上がり、噴石が空を舞うのに気付いた。

 「噴火だ、逃げろ」と2回叫んだ後、写真を2枚撮ってから東へ向かう。10メートルほど先で熱気を含んだ噴煙に襲われた。この日は大きめのザックを持ち、噴火直前、長袖ジャケットや帽子を着込んだのが役立った。しゃがんでザックを頭の上にかざし、尻ではいずりながら下った。周囲は真っ暗。「助けて」「痛い」などのうめき声が聞こえ、ザックに噴石が当たった。

 最初の噴煙をやり過ごしたころ、熱で開かなくなったザックのチャックをこじあけて携帯電話を取り出し、女房に電話した。死を覚悟したが、女房の声を聞いて「生きなきゃ」と気持ちが奮い立った。5分しないうちに晴れ間がのぞき、走って逃げた。

振り返れば「よく生きてた」と思うとともに、なんで周囲の人を助けられなかったのかと後悔もこみ上げる。助けを求めるあの声が耳から離れなくて。

頂上山荘

あまりの熱気、焼け死ぬ恐怖

長野県諏訪市・伊藤忠重さん(69)

0928

火山弾の直撃で穴の空いた山小屋の屋根=9月29日、長野・岐阜県境

 すぐに噴火だと直感した。御嶽頂上山荘すぐ脇のテラスで昼食をとっていると、目の前に真っ黒の煙が立ち上ってきた。他の登山者は、何が起きたか分からず立ちすくんだまま。「逃げろ!」と、周囲へ声を張り上げ、長女とともに山荘の中へ駆け込んだ。

 山荘内はすぐに真っ暗になり、噴石が激しく打ちつけ、建物が揺れる。空気は熱く、硫黄の臭い。中に逃げ込んだ37、8人は、みな頭から毛布をかぶり震えていた。あまりの熱気に、焼け死ぬ恐怖に駆られる。噴火から15分、明るさが戻るも、山荘従業員に制され、室内にとどまった。

 午後1時10分すぎ、山荘のヘルメット、マスクを着け、全員で二の池方面へ。辺りは水分を含み黒ずんだ火山灰が約50センチ積もる。途中、はぐれた家族を捜す人らが引き返していった。

 助かったのは、瞬時に山荘内に入れたから。逃げ込む場所がなければ噴石に当たって死んでいただろう。

王滝山荘

物置の扉が開いていた

滋賀県東近江市・小沢守男さん(34)

 噴火は最初、神事の太鼓やたき火のように思えた。でも煙の勢いがすごくて。目の前の山荘を覆う入道雲のように迫り、石が飛ぶのも見えた。

 当時は王滝頂上山荘の手前50メートル。近くにあった1メートルほどの岩にくぼみを見つけ、体を入れた。懐に空洞をつくるようにうずくまり、その中で口を手で覆いながら呼吸。ドライヤーの温風よりぬるい煙が立ち込め、目も開けられなかった。

 1、2分たって視界が開け、灰に覆われた登山道を走り、山荘の下にある物置小屋へ入った。山荘内には70人ほどおり、煙を吸って苦しそうな人、リュックがズタズタの人も。1時間後、オーナーにうながされて下山を始めた。

 御嶽山は初めて登ったが、火山だと知らなかった。犠牲者との違いは運。たまたま隠れる岩があって、物置の扉が開いていた。

覚明堂

噴石にあたらないようただ祈るだけ

岐阜県中津川市・林禎和さん(41)

 石は横からヒュッと、上からはロケット花火のようなヒューという音で飛んできた。見たこともないような速さだった。

 剣ケ峰頂上から20メートルほど下。岩に腰掛けて、昼食のカップラーメンができるのを待っていた。ドドーンという音がして、小刻みな揺れ。白い煙が上がっていた。荷物も昼食も置いて駆け足で下りた。振り返ると噴石が飛び散っている。多くは30~50センチで、1メートルくらいのもあった。黒い煙で何も見えなくなり、高さ40センチほどの岩の陰にしゃがみこんだのが午前11時59分ごろ。噴石に当たらないようにただ祈るだけだった。

 後ろから人がぶつかってきた。ロープ伝いに下りてきたという。私も手探りでつかみ、低い姿勢で200メートルほど下りたが、サウナのように空気が熱く、硫黄臭がきつい。焼け死ぬか、窒息死か、石が当たって死ぬのか。3分くらい耐えただろうか。突然、冷たい風が吹いてきた。2~3メートル視界が開けて「覚明堂」の山小屋に駆け込めた。登山道近くにいたのも、噴石も当たらなかったのも、すべて運。助かったのは奇跡だと思う。

捜索阻むガス、台風、雪

噴火から1か月

東京新聞