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争点(2)くらしと年金 成長路線か分配重視か

2019年6月28日 朝刊

 「このまま起きられなくなったときに備え、大事な人に死を伝えるメールを送信予約しました」

 東京都練馬区のアパートに住む日雇い労働者の藤野雅己さん(50)は穏やかな表情のまま、こう語った。

 藤野さんは体調を崩して、以前の職場を退職。ここ数年は、平日は不定期でビル施工管理などの大工仕事、週末は引っ越し業で働く。月収は平均約十三万円。貯金もなく、仕事がいつもらえるか分からない不安から、働ける時は働けるだけ働く。

 三月は珍しく約七十万円稼いだ。工事現場で徹夜で働き、マンガ喫茶で二時間ほど仮眠して引っ越し作業、夕方は別の工事現場へ向かう過密スケジュール。「死を伝えるメール」はその月のある夜に用意した。

 翌朝無事に目覚め、メールは送らずにすんだ。だが今の苦しい生活から抜け出す展望はない。「年金も保険料を払えずにもらえないし、リアルに考えるのは孤独死です」。塗料の剥げた古いガラケーを片手につぶやいた。

 「企業がもうかれば雇用は改善し、給料は増え、消費が盛んになって景気が回復する」。安倍晋三首相は経済政策「アベノミクス」で大企業の業績を後押しし、賃金上昇を目指す。

 確かに、企業の内部留保は急激に増えた。最低賃金も少しは上がった。一方、非正規労働者の比率は上昇、低所得で苦しむ人は多い。今月の共同通信世論調査で、景気が「悪くなっている」としたのが33・2%で、「良くなっている」(8・1%)の四倍に達した。

 藤野さんも「底辺にいる僕らに富の滴はこぼれ落ちてこない。富裕層がすべて吸い取っている」。

 老後に夫婦で二千万円の蓄えが必要とした金融庁報告書を機に、国民に年金への不安が広がる。首相は年金制度の充実のためにも成長が欠かせないと訴えるが、藤野さんは「安倍政権は私たちの暮らしの現実が見えていない」と感じる。

 政府が今月二十一日に閣議決定した「骨太の方針」には、三十代半ばから四十代半ばの就職氷河期世代について、採用企業への助成金を拡充するなどの支援策が盛り込まれた。

 だが、その世代に当たる東京都杉並区の女性(38)は冷めている。複数の上場企業で派遣や契約社員をしてきたが、賃金は働きに見合わず、今は失業中。「上司の判断で、生活の基盤がいきなり途絶える。こんな世代を救う策があるのか」と首をかしげる。

 年金支給額も増えず、予定通り十月から消費税率が10%に上がれば生活はより厳しくなる。成長重視か、国民への分配を厚くするのか。参院選は私たちのくらしのあり方を問う。 (石川智規)

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