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<参院選ルポ>自民王国「配備」に不信 地上イージス候補地 山口・阿武町

2019年6月30日 朝刊

集落に及ぶレーダーの照射範囲を、手を広げ訴える吉岡勝さん

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 安倍政治の是非を問う参院選が七月四日公示、二十一日に投票される。改憲や年金問題をはじめ、暮らしや消費税率引き上げ、地方再生、教育、格差、防衛…と争点はいくらでもある。有権者は政治に何を求めているのか。低投票率を脱することはできるのか。争点の現場を訪ね、人々に聞く。

 「『ええとこがあった。ここじゃ』と最初から決めているとしか思えない」

 山口県阿武(あぶ)町宇生賀(うぶか)の山あいの集落は、前日からの雨が続いていた。干上がりかけたため池に、潤いが戻った六月半ば。地元の農業吉岡勝さん(66)は「恵みの雨だ」と一瞬、笑顔を見せたが、山に目をやり顔を曇らせた。「一生懸命、みんなで農業法人もつくってやってきたのに何でよ」。田んぼの際で、小指の先ほどのカエルがぴっと跳ねた。

 不安の矛先は地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」だ。集落のすぐそばの山に広がる陸上自衛隊むつみ演習場(同県萩市、阿武町)が、配備候補地となっている。防衛省は昨秋から地質や水質、電波環境などの現地調査を実施。五月末からもう一つの候補地、秋田市の陸自新屋(あらや)演習場の地元と並行して、調査結果の説明を始めた。

 レーダー波は集落の上を通り、照射範囲下には小学校もある。心配だらけなのに「安全に配備・運用できる」という結論。秋田で説明資料の作成ミスや、職員の居眠りなどがあった直後、六月十四日に開かれた阿武町の説明会は深夜に及んだ。迎撃ミサイルの落下物を心配する住民から「危険は100%ないのか」と詰め寄られ、防衛省担当者が答えに窮する一幕もあったが、決めぜりふは「引き続きご理解を得られるよう努力したい」。

 吉岡さんは今年二月に設立した「配備に反対する町民の会」の会長でもある。国政も地方も「自民オンリー」という土地柄だが、会員は町の有権者の55%にあたる千六百人を超えた。「(首相の)安倍さんは地元の山口なら大丈夫、みたいな感覚だったのかもしれん。でもここはレーダー波を出す方向に人が住んでいる。何でここにこだわるのか」と、「配備ありき」の姿勢に不信が口をつく。

今月14日、防衛省の説明会で、同省側に配備見直しを訴える住民=山口県阿武町で

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◆「米に言われたんやろ」

 集落からつづら折りの山道を抜けて車で三十分。町の中心部に近い奈古港で、栓が開いた缶ビールを胸ポケットに突っ込んだ元漁師の男性(69)に声をかけた。「反対の会員にはなっとらんけど気持ちはわかる。そりゃねえ方がええわ」。ただどこか煮え切らない。近くの主婦(72)も「よう分からん」と繰り返すので、賛成か、と尋ねると慌てて「賛成はせんよ。でも、よう分からん」。

 港近くの飲食店経営の男性(59)は「反対ばかりしとったら、絶対に山陰道なんかに影響が出るわ」と明かした。山陰道は、鳥取から山口をつなぎ、物流や観光の効果をうたう自動車専用道路。阿武町内も通る予定の国の事業だ。町内のアショア誘致派から「早(は)よできんくなるぞ」というささやきを聞くという。「結局トランプ(米大統領)に言われて買うんやろ」

 再び山に向かい、演習場に隣接する畑でレタスやハクサイを育てる若手農業者の白松靖之さん(43)を訪ねた。携帯電話の電波も途切れる山あい。いずれ子どもたちに仕事を継いでほしいが、アショアのおかげで将来設計が揺らぐ。町を分断するような空気も感じている。「そんな嫌がらせ、まさかと思うけどあっちゃいけん。弱い者いじめだ」とため息をつき、つぶやいた。「僕も保守的な人間。国防は理解している。でも沖縄も岩国も、基地問題は人ごとじゃいけん。当事者になってやっと分かった」。参院選の投票先は考えあぐねている。 (原昌志)

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<イージス・アショア配備問題> 北朝鮮の脅威を背景に、弾道ミサイル防衛(BMD)の一環として政府が計画。2018年6月、配備候補地を秋田県と山口県の2カ所に決定した。秋田の適地調査結果では、レーダー波が山に遮られるとして「不適」とした地点から山を見上げる仰角が過大だったことが発覚し、調査のずさんさが問題化。山口でも高台の標高に誤差があった。導入費用は総額6000億円以上とされる。当初は23年ごろの配備を見込んでいたが、地元の反発などで25年以降にずれ込むのは確実。

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