• 東京新聞ウェブ

総合

<くらしデモクラシー>70年前に学ぶ「民主主義」 戦後教科書復刊、学校教材に

2019年7月6日 朝刊

授業で民主主義について講義する都立高島高の大畑教諭=東京都板橋区で

写真

 戦後まもなく、旧文部省が編集し、中学・高校で使われた教科書「民主主義」が、あらためて注目されている。民主主義とは何かを説く教科書は、近年たびたび復刊されてきた。十八歳選挙権の導入で、主権者教育を模索する学校現場で活用するところも。民主国家を手探りした時代の教科書は、今に何を伝えるのか。 (神野光伸)

 「民主主義を体得するためにまず学ばなければならないのは、各人が自分自身の人格を尊重し、自らが正しいと考えるところの信念に忠実であるという精神なのである」

 六月中旬、都立高島高(東京都板橋区)の三年の社会の授業で、教諭の大畑方人(まさと)さん(42)がプリントを読み上げた。復刊された教科書「民主主義」の冒頭にある一文だ。「日常生活の中で民主主義とは何か、考えたことがありますか」。きょとんとする十八人の生徒たちに、大畑さんはこう続けた。

 「部活の練習メニューや文化祭で何をやるか、もそう。身近なところに民主主義はある」

 この復刊書を使った授業は今回が初めて。「若者が政治参加しないと言われているが、そもそも多くの学校で十分な主権者教育ができていない。理不尽な校則で生徒を抑え付け、声を上げても仕方がないというあきらめムードさえある。一人一人が自分の意思で物事を決め、身近なところから声を上げる権利があることを知ってほしかった」

 教材を探していて見つけたのが、約七十年前の教科書。そこでは「人間の生活の中で実現された民主主義が、ほんとうの民主主義」と説いていた。「内容に普遍性があり、今の時代にも通じる」と確信した。

 生徒たちが自らの可能性に気付く出来事もあった。

 高島高で六月上旬に開催された体育祭。スマートフォンでの写真撮影の制限を通告した学校側に、異議を唱えた生徒が約二百五十人分の署名を集めて教職員に掛け合った。学校の決定を変えることはできなかったが、自ら行動した生徒たちが得たものは小さくない。

 「民主主義って何だか難しく、政治体制にすぎないと思っていました。でも重要なことは自分の意思をしっかり示していくこと。それが理解できたように思います」と三年の河村真奈さん(17)。十八歳の誕生日を迎えるのは十月だが、初めての一票には思いを込めるつもりだ。「自分たちが動かなければ、若者の声を政治に届けられない」

◆「多数党の横暴」指摘も

写真

 旧文部省編さんの「民主主義」は、一九四八〜五三年に中学・高校で教科書として使われた。戦後に日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)の指導に基づいて作成されたとされ、民主国家としての再出発を目指す法哲学者らが編集に加わった。

 上下二巻あわせて約四百五十ページからなり、個人の尊重をうたった「民主主義の本質」や学校教育、労働組合や憲法など十七章で構成。「民主政治の落とし穴」として「なんでも多数の力で押しとおし、正しい少数の意見には耳もかさないというふうになれば『多数党の横暴』である」と指摘する。

 九五年に径(こみち)書房が復刻し、二〇一六年には幻冬舎も要約版を出版した。

 一八年十月には出版大手のKADOKAWAが学術文庫本として復刻=写真。出版から半年で六刷を発行し、二万部を売り上げた。編集を担当した同社の安田沙絵さん(45)は「七十年前の教科書の復刊書がここまで注目されるケースは珍しい。今の社会で民主主義を実感できず、危機感を覚えている人が多いからではないか。戦後生まれの多くの人にとって民主主義は既にあるものかもしれないが、その意味を考えるきっかけになれば」と話す。

主な政党の公約

新聞購読のご案内