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茨城

避難者「国難忘れないで」 原発事故から3回目 

2017年10月7日

釣りをよく楽しんだ福島を懐かしみながら、釣りざおを磨く菊地さん=鉾田市で

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 衆院選は、東京電力福島第一原発事故が発生してから3回目となる。事故により避難している人は県内でも、いまだに約3500人に上る。ただ、各政党はさまざまな政策をPRするが、「復興」のキーワードは徐々に薄れてきている。県内の避難者らは、原発事故という「国難」を「忘れないで」と訴えている。(鈴木学、酒井健、山下葉月)

 「議員らは『復興はスピード感を持って』と言っていたけど、廃車寸前の車より遅いよ。復興に立ち上がり始めた今こそ、国の力が必要なのに。福島のことは、どこかに行っている」

 福島県浪江町から鉾田市に避難している会社役員菊地孝さん(75)は、ため息交じりに話す。

 浪江町は今年三月三十一日に避難指示が解除され、戻れるようになり、復興は進んでいるように見える。

 だがその前月に菊地さんの自宅周辺で放射線量を測定すると、国の除染基準になる毎時〇・二三マイクロシーベルトを超えているところもあった。自宅はネズミに食い散らされていたこともあり、結局、取り壊した。今は鉾田市に建てた家で日常を送る。

 菊地さんのように、避難指示が解除されても、インフラなどが整わず、帰還できない人が多い。町の居住者は1・6%(八月一日現在)にすぎない。

 「帰っている人に聞くと『二日といられない』と言う。店は少ないし、夜は明かりが街灯しか見えなくて怖いと。不安なく住めるようにならない限り、復興したとは思えない。それを整えてくれるのが、政治の仕事だ」

 安倍晋三首相は、少子高齢化と北朝鮮情勢を挙げ「国難突破解散」と命名したが、故郷に思うように帰れないような状況に、「原発事故も国難だと思うんだけどね」と嘆く。

 双葉町から北茨城市に避難している斉藤宗一さん(67)は「何か都合の悪いことがあれば選挙でごまかす」と解散の大義を疑う。

 双葉町ではホウレンソウ栽培を営み「日本橋のデパートで売っても負けなかった」。故郷は帰還困難区域になり、帰りたくても帰れない。「復興など進んでいない。国が原発を推進したのに、何も責任を果たしていない」と怒りを込める。

 県内避難者の支援団体「ふうあいねっと」代表で、茨城大の原口弥生教授は、復興庁が震災から十年の二〇二〇年度末で解散予定になっていることに触れ、「この選挙こそ、復興庁をどうするのかを議論しなければいけないのではないか。国が長期的に避難者をサポートする仕組みが必要だ」と指摘した。

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