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細る被災地の声 区割り変更で広さ本州一の岩手2区

2017年10月17日

 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県は、衆院選の一票の格差是正のため選挙区が一つ減った。津波被害が大きかった南北百五十キロを超える沿岸部が一つにまとめられ、本州一広い選挙区となった。「被災地の実情が国に届きにくくなるのではないか」。現地を歩くと、復興の遅れを懸念する被災者の切実な声が聞こえてきた。 (杉藤貴浩)

 行き交うダンプカーが土ぼこりを上げ、新しく築かれた防潮堤が海への視界を遮る。震災から六年七カ月。約千八百人の死者、行方不明者を出した岩手県陸前高田市の中心部は更地のままで、山あいには仮設住宅が残る。「前回の選挙はここで候補者の演説もあったが、今回は来るかどうか」。仮設で暮らす小野田高志さん(80)がため息をつく。陸前高田、大船渡、釜石の三市、大槌(おおつち)、山田両町の旧岩手3区の県南部沿岸は、定数減による区割り変更で県北部沿岸などとともに新2区になった。その結果、沿岸部を選挙区とする議員は二人から一人に減る。

 面積は隣の青森県全体に匹敵する約九千六百五十平方キロ。陸前高田市から北端の洋野町まで、車で五時間かかる。ある陣営関係者は「選挙期間中に二周できるかどうか。自転車で一日に何周もできる大都市がうらやましい」とこぼす。

 今回、新2区から立候補した希望元職と自民前職は、旧3区で出馬した経験はない。小野田さんは「地元の被災状況を知る人しか、国に必要な支援を伝えられないのに」と気をもむ。

 実際、復興への課題は山積している。

 今も仮設に住む被災者は、高台の土地造成の遅れで自宅の再建に取りかかれない人が多い。釜石市は本年度中に造成を終える計画だったが、建築費高騰などによる工事の入札不調や事務職員不足が足を引っ張る。造成をほぼ終えた大船渡市も、津波被害の跡地活用が土地買収などの難航で十分に進んでいない。

 「今より人が減って商売を続けられるだろうか」。大槌町で営んでいた菓子店を津波に流された大坂尚(ひさし)さん(41)は被災後、仮設店舗で営業。復興支援者らでなんとか売り上げを保ったが、三年が過ぎてから急に客足が減った。店を畳み、職を求めて町を出た人たちも少なくない。震災前、約一万五千人だった町の人口は震災犠牲者も含め三千人も減った。

 衆院選公示日の十日、町を訪れた立候補者は一人もいなかった。大坂さんは言う。「国に届く声が小さくなれば予算も少なくなる。こうして震災は風化していくのか」

◆「地元議員減れば復興後回しに」

 1票の格差是正と被災地など地方の声。政治はどうバランスをとるべきか。

 岩手県陸前高田市出身で旧岩手3区の衆院議員を6期務め、今回の解散後に引退表明した黄川田(きかわだ)徹さん(64)は「被災地を知る議員が減れば復興はどんどん後回しにされる」と懸念する。

 黄川田さんの妻と義父母、長男、秘書も震災で亡くなった。全ての震災犠牲者の実に3分の1近い5500人以上が旧3区の市町の住民だ。この地域は少子高齢化で今後も人口減少が続く見込み。黄川田さんは「戦後の大都市の発展は、地方から就職した金の卵が支えた。地方の声を軽視し、有権者の数だけで区割りを考えていいのか」と語る。

 政治制度に詳しい上智大の中野晃一教授(政治学)は「1票の価値の平等は大切だが、定数が減った地方の意見は国政に反映されにくくなり、さらに住民離れが加速する恐れがある」と指摘。「地方分権も進まない中、とにかく定数を減らすという手法に限界がきているのかもしれない」と話す。

<改正公選法> 議員定数は全体で10削減され、戦後最少の465になった。人口減少の進む青森(4→3)、岩手(同)、三重(5→4)、奈良(4→3)、熊本(5→4)、鹿児島(同)の6県で選挙区定数が1ずつ減り、比例代表でも東北、北関東、近畿、九州の4ブロックでそれぞれ1減った。19都道府県の計97選挙区で区割りが見直され、住民基本台帳人口(1月1日現在)による試算で、最大格差が1.955倍となり、改定前の昨年の2.148倍から縮小した。

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