紙面から

柔道の高藤、近藤 ともに「悔しい」銅

柔道女子48キロ級3位決定戦、ムンフバット(下)を破って銅メダルを獲得した近藤亜美=佐藤雄太朗撮影

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 2階級が行われ、女子48キロ級の21歳、近藤亜美(三井住友海上)が3位決定戦でムンフバット(モンゴル)に優勢勝ちし銅メダルを手にした。準決勝では優勝したパレト(アルゼンチン)に敗れた。

 前回ロンドン大会で金メダルなしだった男子は60キロ級の高藤直寿(パーク24)が3位決定戦でサファロフ(アゼルバイジャン)に優勢勝ちし、銅メダルを獲得した。 (共同)

◆「まだまだ足りない」東京で雪辱へ

 試合終了と同時にもぎ取った有効のポイントで女子48キロ級の近藤は銅メダルを手にした。ガッツポーズに笑顔。ただ、礼を終えてあふれた涙に喜びの感情はなかった。「本当に悔しくて」。思い焦がれてきた色とは違うメダルに、表彰台の上で口を真一文字に結んだ。

 初の五輪で自身に特別な緊張感はなかったが、普段の国際大会とは「外国勢の目の色の変わり方が違った」。攻めあぐねてなかなかリズムをつかめない。残り1分を切ってから逆転勝ちした準々決勝でも流れは変わらず、準決勝は警戒していたはずのパレト(アルゼンチン)の背負い投げに屈した。

 短時間で迎えた3位決定戦。控室でパレトのコーチに「メダルを取るのと取らないのとでは全然違う」と励まされ、「相手に言わせて恥ずかしい。しっかりやらなきゃ」ともう一度スイッチを入れた。敗者復活戦を勝ち上がって銅メダルを獲得した昨年の世界選手権の経験も生きた。勢いばかりで気持ちの波が大きかった以前とは違う。土壇場で見せた底力に日本女子の南條充寿監督は「勝たなければという気持ちを出し切ったことが、最後のポイントにつながった」とねぎらった。

 2014年に19歳で世界一になったが、減量は無計画で「ごっつくなると小さいサイズの服が着られない」と筋肉をつけたがらないなど、精神面はすきだらけだった。連覇を逃した15年の世界選手権後、甘さを断ち切ろうと掲げたテーマは「打倒自分!」。食事の量を細かく量り、筋力トレーニングに挑戦。コーチ陣とも建設的な議論ができるようになり、日本代表と所属チームで指導する貝山仁美コーチは「大人になった」と感慨深げに話す。

 「やってきたことが少しずつ形になっているけど、銅メダルということは、まだまだ足りないんだと思う」と近藤。25歳で迎える4年後の東京五輪まで、さらに成長を続ける。 (リオデジャネイロ・井上仁)

◆「絶好調」攻めに徹して落とし穴

男子60キロ級3位決定戦でサファロフを破り、銅メダルを獲得した高藤直寿=佐藤哲紀撮影

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 「悔いしかない」。男子60キロ級の高藤は厳しい表情で言った。4年前のロンドン五輪で日本男子は史上初の金メダルなし。同じ失敗を繰り返すまいと先陣を切ったが、「自分の中で五輪をすごく怖い場所だと思ってしまった」と負の流れを断ち切れなかった。

 ジュニア時代から将来を期待され、2013年に20歳で世界一になった。抱きついたり、担いだりの変幻自在な柔道が真骨頂。日本男子の井上康生監督は「新種。何十年か前の柔道家が見たら『なんじゃこりゃ』と驚くと思う」と舌を巻く。

 この日の3回戦は開始17秒に内股で一本勝ち。得意の形に持ち込むまでもなく「絶好調だった」という。ただ、そこにすきが生まれた。続く準々決勝は組み際の相手の投げをこらえたところ、一瞬で逆方向にひっくり返された。自分が好む柔道で痛恨の一本負け。「攻めに徹しすぎたのが敗因。慎重さとのバランスがかみ合わなかった」と嘆いた。

 それでも、敗者復活戦と3位決定戦は前に出続け、最後は勝って締めくくった。気持ちの切り替えは難しかったが、声援に背中を押されるのをはっきり感じた。「こんなに人のぬくもりを感じて戦えたことはない。応援してくれた人たちに何か持って帰らないと、と執念を出せた」と感謝する。

 「夢であり最終目標」というリオ五輪を柔道人生の集大成にするつもりだったが、「やめられない。また金メダルに向かっていきたい」。五輪という特別な舞台で得た経験を胸に、4年後に向けて再出発する。 (井上仁)

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