紙面から

柔道女子70キロ級・田知本、絶望から頂点

女子70キロ級決勝コロンビアのアルベアルに勝ち、金メダルを獲得した田知本遥(上)=隈崎稔樹撮影

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 優勝の余韻をかみしめるようにゆっくり上体を起こすと、女子70キロ級の田知本は軽く天を仰いだ。「本当に苦しいことが多くて。でも、きょうの日のためにあったのかな」。あふれる思いに胸が詰まった。

 決勝の2分すぎ。組み合った状態から、ほぼ同時に両者が踏み込んだ。右を差されて背中をつかまれ、投げを打たれたが、踏ん張って谷落としで返す。

 「客席から『いけるぞ』と声が聞こえて、ぐっと押し込んだ」。鍛えてきた体幹の強さ、折れない心がこの瞬間に生かされた。勢いよく倒れ込んで技あり。そのまま抑え込んで勝負をつけた。

 日本勢でただ一人、ノーシードからの登場。2回戦で世界ランキング1位のポリング戦と早々にヤマ場を迎えたが、「返されたらしょうがない」と気持ちを乗せた大外刈りで有効二つを奪って破り、流れに乗った。

 2012年ロンドン五輪は7位。13年の世界選手権は2回戦敗退し、14年からは代表の座を失った。昨年2月には市販の風邪薬を飲んでしまい、ドーピング違反になる恐れがあるとして、国際大会を欠場する失態を犯した。

 「五輪と口に出せない、夢さえ持てない」という絶望感。不用意な行為が、どれだけ期待を裏切ることになるかも思い知った。それでも、諦める選択肢はなかった。「自分は楽しく柔道をすればいいというタイプじゃない。やるなら五輪しかない」。日本女子の南條充寿監督は「競技への取り組みが変わった。人間的に成長した」と振り返る。

 筋力トレーニングや男子選手との稽古で、体の強さと技の威力を身に付けた。「ふわふわしていた」という4年前と違い、「何が何でもチャンピオンになる」と覚悟は固まった。4年間で成長したのは「心技体の全部」と言い切る。首にかけたメダルをなでながら、「重いですね」とつぶやいた。 (井上仁)

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