紙面から(パラリンピック)

「伝説」成田、不屈の力 競泳女子50自5位

女子50メートル自由形決勝 力泳する成田真由美=共同

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 2大会ぶりの出場となるパラリンピック女子水泳の“レジェンド(伝説)”成田真由美(46)=川崎市多摩区、横浜サクラ=が50メートル自由形(運動機能障害S5)で5位となった。予選からさらに0・45秒タイムを縮め、39秒23でフィニッシュ。常に言い続けてきた「あきらめない」大切さを体現してみせた。

 2004年のアテネ大会で世界新(当時)で優勝した記録に0・01秒に迫り、00年シドニー大会と同タイム。「その時の記録に戻せたのはすごくびっくりで、うれしい」

 7年ぶりの競技復帰を決めた14年末以降、かつての女王もブランクとライバルたちのレベルの向上を痛感。パラシュートを腰に巻き負荷をかけて泳ぐといった練習を重ねた。練習後、疲れて車いすに乗れないこともあったほどだ。

 中学生の時、脊髄炎で下半身が動かなくなった。「水の中では自由になれるから」と水泳にひかれ、1996年アトランタ大会から04年アテネ大会まで、金・銀・銅計20個ものメダルを獲得。日本を代表するパラアスリートになった。

 メダルゼロに終わった08年北京大会を機にいったん競技の第一線から退く。パラリンピアンを代表する形で20年東京大会の組織委員会理事を務めながら、講演活動などを通じ、夢や目標を持つことの大切さ、そして障害者への理解促進を訴えてきた。「もっと住みやすいまちにするために、私たちが表に出なくてはいけない。障害者としての役割がある」

 東京大会の開催が決まったことで、アスリートとしての気持ちがうずいた。選手を増やし、練習環境も整えていくためには「自分が泳いだ方が伝えられる」と2大会ぶりにパラリンピックの舞台に帰ってきた。

 今回の挑戦を「復帰を決めてから、厳しい戦いになると分かっていたけど、コーチを信じてきた毎日の積み重ねの結果だと思う」。

 選手村では競技を問わず若い選手に声を掛け「お母さんみたい」と慕われる。リオ後は、裏方として彼らを支えるつもりだ。「水泳に出合ってこれだけ人生が変わって、今度は(東京大会を)迎える立場になる。すごい時に生まれてきた」と笑った。 (荘加卓嗣)

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