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東京都知事選

自民分裂 野党共闘 首都決戦 国政に影響も

 舛添要一前知事の辞職に伴う東京都知事選が十四日告示され、過去最多の二十一人が立候補した。投開票日は三十一日。自民党が一九九九年以来の分裂選挙となる一方、野党は四党の統一候補を擁立し、参院選と同様に与野党対決の構図になった。首都の新たな顔を決める選挙結果は、改憲やアベノミクス、原発再稼働を進めようとする安倍政権に影響を与える可能性がある。

 主な立候補者は届け出順に、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)=民進、共産、社民、生活推薦、前岩手県知事で元総務相の増田寛也(ひろや)氏(64)=自民、公明、こころ推薦、元防衛相で前自民党衆院議員の小池百合子氏(64)ら。

 野党四党推薦の鳥越氏は「安倍政権のもとで、どんどん格差が生まれている。東京でも非正規で仕事をしている人たちがどんどん増えている」と指摘。こうした格差の解消や、がん検診の受診100%を掲げている。

 自民など推薦の増田氏は「保育所の待機児童解消の地域別プログラムを一カ月以内に作る」と述べ、国との連携で実行する姿勢を強調。子育て、介護、災害の「三つの不安解消」を訴え、自公両党幹事長も駆け付けた。

 小池氏は「東京を日本経済のエンジンとして、アベノミクスのもたついている部分を東京で先に実現したい」と主張。都政の透明化、東京五輪関連予算の適正化を掲げる。自民都連所属の衆院議員や自民系区議の一部が支援する。

 都知事が二代続けて政治とカネの問題で辞職した反省から、自民は候補者選びで国会議員を除外し、官僚出身の増田氏を擁立。党所属の小池氏と票を分け合う展開となる。野党四党は告示二日前になって鳥越氏支援で一致。野党系市民団体の支援で出馬予定だった元日弁連会長の宇都宮健児氏(69)が出馬を取りやめ、野党票の分散を回避した。

 十日に投開票された参院選比例代表の都内の得票は自民、公明、こころの合計が二百九十五万票。民進、共産、社民、生活が二百四十八万票で拮抗(きっこう)している。

 ◇ 

 小池氏は立候補に伴って衆院議員を自動失職した。これにより衆院東京10区(豊島区、練馬区の一部)の補選が十月十一日告示、同二十三日投開票で実施されることが決まった。

◆70年代 弱者配慮政策生む

 一千万人の有権者を代表し、十兆円を超える規模の予算を操る権限を持つ東京都知事。これまでも中央政界の事情を反映した選挙戦が繰り返され、結果は国政にも影響を与えてきた。

 五五年体制下の一九六七年に社会、共産両党の推薦を受けて初当選した美濃部亮吉氏は、七〇年代前半にかけて自民党政権に批判的な革新系首長が各地で誕生する先駆けとなった。

 七一年の都知事選で美濃部氏は、佐藤栄作首相との対決姿勢を示した。スローガンに「ストップ・ザ・サトウ」を掲げて大勝。七三年、七十歳以上の医療費無料化制度を始めるなど、政府は「社会的弱者」に配慮せざるを得なくなった。

◆91年 小沢幹事長が辞任

 九一年の選挙では、自民党幹事長だった小沢一郎氏が主導して公明、民社両党との相乗り候補を擁立した。しかし、反発した自民党都連が推した現職に敗れ、小沢氏は分裂選挙で敗北した責任から幹事長辞任に追い込まれた。ただ、選挙で深まった小沢氏と両党との絆は、後の非自民連立政権樹立の基盤になった。

◆95年 政党不信が強まる

 タレント出身の青島幸男氏が初当選した九五年は、汚職などで既存政党への不信が強まっていた時期。それにもかかわらず、当時の自民党や社会党などは「オール与党」体制で統一候補を擁立。青島氏は反発した都民の声を追い風に、無党派層も取り込んで勝利した。

 二〇一四年の都知事選には脱原発を掲げる細川護熙元首相が、小泉純一郎元首相の支援を受けて立候補した。東京が電力の大消費地となっていることを指摘し、国政課題とみられていた原発政策が、都知事選の大きな争点となった。 (我那覇圭)

 

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